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――――――ねえ……ナルホド君は雪は好き?



千尋さん―――僕はまだ……あなたを忘れられないでいます。


それは舞い落ちる粉雪のように




 クリスマスのイルミネーションに彩られた街角を歩いている。
 PM7:30……休日ということもあり人通りが途絶えることはない。
 溢れるような人ごみの中を縫うように進む。

 12月半ばにしては冷え込みが厳しいらしい……今朝の天気予報で気象予報士が言っていたことなのだがどうやら的中したようだ。
 スーツにコート、念を入れるようにマフラーまで巻きつけてきたというのに防寒対策は十分ではなかったようだ――――ひどく寒い。

 
 だが自分の手を取り引っ張るように三歩前を歩く少女は―――――



「ほらほらナルホド君っ!! 急がないとケーキの予約終わっちゃうよっ!!」



――――自分よりも薄着のはずなのに寒さを気にもしていないようである。

 

 色とりどりの電飾に飾られた街路樹に赤と白を基調としたものに変わっているショーウィンド、そして周囲に流れているクリスマスソング……年頃の女の子がテンションを上げるのは当たり前の事といえた。

 そしてそれは普段ならば『花より団子』の目の前の少女も例外ではないのだろう。

 綾里真宵―――その身に巨大な霊力を宿す霊媒者にして成歩堂法律事務所の助手兼影の所長……これは本人談であるが。

 白と紫を基調とした装束に近い服装、長い黒髪を団子状に一つに纏め上げてある髪型……やや時代遅れではあるが彼女の置かれている環境を考慮するとそれほど違和感はない。

 喜怒哀楽を素直に表現する無邪気さと、どんな時も明るさを失わない強さを兼ね備えた少女。
 その明るさに助けられたことは一度や二度ではない――――明るさだけでなくその霊媒能力にも幾度となく救われた。

 そんな性格をしている彼女も悲しみを知らないわけではない。


 その身に宿す強い霊力から様々な権力争いに巻き込まれてきた。
 その影響から幼い頃に母親が行方知れずになり姉と二人で暮らしていたものの、その姉も……そして再会した母親とも死に別れている。


 綾里千尋……真宵の実の姉にして自分の上司であり師匠ともいえる女性。
 ある事件で殺害されこの世を去った……はずだったがその魂は未だこの世に留まり弁護士として未熟な自分に様々な助言をしてくれる―――妹の体を借りて。

 

 全ての事件に決着がついてからは一度も姿を現していないが。



 もう会えないのか……それとも彼女が会おうとしないのか。
 彼女と会う手段―――綾里真宵が目の前に存在していることそれを可能としていること……反するように姿を現さない―――会えないという事実がひどく胸を締め付ける。




「慌てなくてもケーキの予約は逃げないよ。真宵ちゃん」

 言葉に苦笑を混じらせながらも彼女に合わせて歩行速度を速める。
 繋がれた右手の温もりが心地よくて離したくないから。


「何言っているのさ!! 広告に限定300個って書いてあったじゃん!!」

 自分の答えが不満だったのか頬を膨らませながら怒る。

 
 そもそもここに二人がいる原因は一枚の広告だった。
『有名ケーキ店のクリスマスケーキが格安で味わえる!!』『この冬は少し豪華なケーキをいかがですか?』などというキャッチフレーズに目をとめた真宵が「是非とも!!」とばかりに予約に出てきたのである。
 なし崩し的に友人知人を事務所に招いてクリスマスパーティーを開くというところまで決まったのは言わずもがなであるが……法律事務所でクリスマスパーティーというのはなかなかあるものではない。

「わ、わかった、わかった。急ごうよ……」

 彼女の頬を膨らませて怒る様はそれほど怖くはないのだが、後からそれをネタにどんな無理難題を要求されるのか分からないので素直に彼女に合わせる。
 彼女はともかく、彼女の従姉妹が雷のように怒ることだろう。
 
 実際に予約を締め切られていたら……マズイ。
 先に予定されている……かもしれない状況を予測し逆に彼女の手を引っ張るように先を急ぐ。


「そうそう!!! 急がなきゃ!」

 途端に怒り顔を笑顔に変えて歩き始める。
 『素直で無邪気』という言葉がよく似合う少女だった。




「けど寒くないの?真宵ちゃん。」

 しばらく歩いてずっと尋ねたかった事を訊く。
 どう考えても自分より薄着……というよりいつも通りの彼女の服装に自分の服装以上の防寒能力があるとは思えない。
 『これが若さか……』という有名な言葉だけでは片付けることが出来ない疑問である。


「寒くないわけじゃないけど………実家の方がまだまだ寒いし。……それに」

 綾里の家がある倉院の里という場所は深い山奥にある。
 そこで生まれ育った人からすればこの程度の寒さは寒さの内に入らないのだろう。
 そう言えばあの雪の中でも同じ服装だったような……
 田舎恐るべし……である。

「それに?」

 最初の答えに疑問は解けたものの、言いよどんだ言葉が気になり訊き返す。


「いいじゃんそんなの。気にしないでさ!!」
 
 心なしか顔を赤く染めているのだが、誤魔化すように。


「まあ……いいけどさ」

そんなに照れるようなことなのか気にならないわけではなかったが、大したことではないのだろうと歩き始める――――が足を止める。







――――今日は1月中旬並みの冷え込みになり、夜からは初雪が見られるかもしれません








「ん? どうしたの?……ナルホド君」

 急に足を止めたのを不思議がる真宵。


「――――雪だ」

呟くような小さな声………独り言のような。

あれ以来、毎年雪を初めて見ると思い出す―――いつかの会話を。










―――――ねえ……ナルホド君は雪は好き?



「え……雪ですか?」


 まだ千尋さんが生きていて……自分が弁護士の資格を取ったばかりで彼女の元で助手として学んでいた頃。
 2月を過ぎた頃だったか―――その年は暖冬で……その日初めて雪を見た。


 二人で事務所を出た時に降り始めた粉雪。


 街灯に照らされた千尋の周りを舞うように落ちていく粉雪……街灯の光を粉雪が反射して、小さな光の粒が足を止めた彼女の周りで踊っているようで――――そのどこか幻想的な雰囲気にのまれ成歩堂は言葉をなくした。


 その雰囲気の中で思い出すように千尋は口を開いた―――夜空を見上げたままで。
 その声はとても、らしいほどに優しげで……それでいて、らしくないほど悲しげで。


 成歩堂は訊き返すことしかできなかった。




―――――私は好きなの。この雪が降り積もって……全てを白く、真っ白に染めてくれるような気がしてね……そう、全てを




 千尋は暗い夜空を……雪の最初を見上げているようで、ここではないどこかを瞳に移しているようで……その声は静かで澄んだ冷たい夜の空気に響いていった。



 初めて上司の……彼女のこんな一面を見た気がした。


 あの時はそんな事しか感じなかった。

 もう少し男女の経験を積んでいればかける言葉もあったのだろう。

 今なら分かる気がする――――あの時の彼女の気持ちが。

 弁護士としての師である星影宙之介の裏切りにより母親が失墜。
 先輩である神乃木荘龍も行方不明。
 自分の伯母の見え隠れする策略。
 
 他にも弁護士として生きていくのならば人の醜いところも覗かなければならない。


 『真実』というものを求めるには綺麗なままではいられない。



――――全てを真っ白に染めてくれる気がして……




 それは彼女が初めてこぼした弱音だったのかもしれない。

 けれどその時は、彼女の言葉に込められた意味や心情を察することも出来ずにただ……彼女の名前を呼ぶことしか出来なくて――――消えてしまいそうだったから。
 触れてはいけない、自分には触れられない距離を感じていた。

 せめて声だけでもと。

「千尋さん……」

 負けずに小さな声で。




 あの時に何か言葉をかけていられたら、無理やりにでも何でも想いを聞きだすことが出来ていたならば、今、隣に彼女が立っていたのではないかと――――綾里千尋は死なずに、彼女の母親も死ななかったのではないかと、意味のない考えが抜けないのだ。
 
 今日という日に至る、全ての、最初の分岐点はあの時ではなかったのかと、傲慢な考えが消えないのだ。

『あの時にあいつを守れたのはお前だけだっだった』………そう、自分に叫んだ男がいる。
 綾里真宵を守る為に死の淵から生還した男の言葉は重い。






「ほんとだ!!! 道理で寒いと思ったよ!!」



「―――――――っ!?」

 隣から聞こえた声で我に返り、そして――――

(初雪………か)

――――また、あの日を想う。

 意味の無い事だと知りながら。

 何故か訊いてみたい気がした。

「真宵ちゃんは……雪は好き?」
 
 そう思った時には口にでていた。



「うん!! 好きだよ! 綺麗だし!! それに……」


「それに?」


あの日のまま……あの時まま………姿が重なりそうで



―――――全てを白く、真っ白に染めてくれるような気がしてね
    
 「その時に手を繋いだら………あったかいでしょ?」



 違う……重ならずに姿は真宵のまま。

 恥ずかしいのか顔を赤く染めていて……けれど溢れんばかりの笑顔。

 その笑顔に気付かされる。


 今、自分と手を繋いでいるのは千尋ではなく真宵……
 今、この世に生きているのは千尋ではなく真宵……


 自分が真宵を見ていなかったことを。
 千尋が姿を現すことを望むということは真宵だけではない……千尋の想いも踏みにじっているということに。

 思い出という名の過去は縛られる物ではない。

 生きているならば前に進まなくてはならないことに。


 あの日の想いは残る――――自分の心の中に。消える事はない。
 それを抱いて進むことが生きるという意味であり――――生きている者の努めであり。


 『今度は僕が守ります……神乃木さん』

 想い受け継ぎ、繋いでいく。




 そして強く……彼女の手を握り締めて走り出す。




「行こう!! 真宵ちゃん!! ケーキが逃げちゃうよ!!」

――――離さない



「ちょっ……急ぎすぎだよっ!! もう!!」

――――繋いだその手は




「ねえナルホド君。プレゼント……期待してるからねっ!! トノサマンシリーズ!!」

――――暖かいから







――――あなたは雪……好きですか?

 

 

 

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